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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)7954号 判決

原告 諸戸日出男

被告 国

訴訟代理人 金沢正公 桜井卓哉 ほか三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五一年九月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行宣言。

二  被告

主文一、二項と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  仙台市荒巻字青葉一二一番宅地六五八一・八一平方メートル(一九九一坪、以下本件土地という)は、昭和一八年一一月二五日訴外菅井雄が家督相続により所有権を取得したが、昭和二〇年頃同人から原告が買受け昭和三一年八月二七日受付第一一五五七号により登記原因同年同月一五日売買とする所有権移転登記を経た。

(二)  他方、本件土地については、被告により昭和二四年一二月二日を買収時期として自作農創設特別措置法三〇条による未墾地買収がされ、被告は本件土地と他の土地とを合せて、仙台市荒巻字青葉三九五番山林一町八反一畝及び同所三九六番山林一町四反七畝の二筆としたうえ、昭和二七年七月一日訴外渡辺鉄郎(以下訴外渡辺という)に売渡処分をした。

なお、本件土地についての登記簿は閉鎖されることなく存在した。

2  原告は、本件土地の売渡を受けた右訴外渡辺を被告として仙台地方裁判所に本件土地の所有権確認請求訴訟を提起し(昭和三七年(ワ)第六九五号)、そこで本件土地買収処分の無効を主張したが原告敗訴の判決があり、更に控訴審の仙台高等裁判所(昭和三九年(ネ)第四四六号)でも敗訴判決があつたが、上告審で仙台高等裁判所へ差戻す旨の判決がなされた。

右差戻判決の理由の要旨は、(1)本件土地は訴外菅井雄所有の間に、一方では国に未墾地買収され、他方では原告に売渡されて原告だけがその旨の所有権取得登記を経たのだから、国から本件土地の売渡を受けた訴外渡辺は同土地の所有権取得を原告に対抗できないこと、(2)訴外渡辺が本件土地を含む前記青葉三九五番及び三九六番の各土地につき、昭和二八年四月一一日自作農創設特別措置法四一条による所有権保存登記をしても、本件土地に関する限り右保存登記は二重登記であるからその効力を有しないこと、(3)従つて、訴外渡辺の時効取得の抗弁についてなお審理を必要とすること、にあつた。

差戻審では(昭和四一年(ネ)第三六〇号)、訴外渡辺が国から売渡通知書を受領したのは昭和二七年八月であり、それによつて右訴外人の占有は自主占有となり、一〇年を経過した遅くとも昭和三七年八月末日をもつて取得時効が完成したと認定したので、原告は上告したが(昭和四二年(オ)第一〇八二号)昭和四三年一〇月一八日上告棄却の判決があり原告の敗訴が確定した。

右のように訴外渡辺が本件土地所有権を時効取得した結果原告は菅井雄から買受けた本件土地の所有権を昭和四三年一〇月一八日確定的に喪失した。

3  ところで、原告が本件土地の所有権を失うに至つたのは、被告国の故意又は過失によるものである。

(一) すなわち、被告は、前記の通り昭和二四年一二月二日付で本件土地の買収処分をしているのであるから、それについての所有権移転登記手続を速かになすべきところ、それをしないまゝ、訴外渡辺に対する売渡処分に基づき自作農創設特別措置登記令一五条により昭和二八年四月一一日受付第二七二五号で新地番による保存登記をなしたものである。

もし、原告が本件土地登記簿について所有権移転登記を経た昭和三一年八月二七日までに同登記簿につき被告の所有権取得登記がされていれば、原告はその時点で被告による本件土地買収の事実を知ることができ、訴外渡辺による本件土地の時効取得を許すことはあり得なかつた。原告が訴外渡辺に対し、前記所有権確認訴訟を提起したのは昭和三七年一二月二三日であるところ、同訴外人の本件土地の時効取得は同年八月末日であるから、右訴提起の時点ではその時効完成を阻止することは不可能だつたのである。

(二) 仮に右が認められないとしても、被告が訴外渡辺のため本件土地の売渡処分をした時点において、被告は速かに本件土地の登記用紙を閉鎖する義務を有しており、それがなされていれば、原告が本件土地につき地目変更登記手続をとつた昭和三四年九月一日の時点で本件土地買収の事実を知り、少くとも訴外渡辺をして本件土地の取得時効を完成させることはなかつたものであるところ、被告が右義務を懈怠したため、原告において時効の完成の阻止ができなかつたものである。

4  原告が、右本件土地所有権を失つたことが確定した昭和四三年一〇月一八日における本件土地の価格が原告の被つた損害というべきところ、当時本件土地は三・三平方メートル当り少くとも三万円であつたから原告は計五九七三万円の損害を被つた。

5  よつて、右損害のうち一〇〇〇万円及びこれに対する弁済期後の昭和五一年九月二五日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁〈省略〉

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因第一項の事実は、原告が昭和二〇年頃本件土地の所有権を売買により取得したことを除き当事者間に争いなく、同第二項の事実も当事者間に争いない。

二  そこで、請求原因第三項の主張につき検討するに、原告の主張は、原告所有の本件土地が訴外渡辺に時効取得されたものであるところ、それは、被告が本件土地につき買収登記手続をしなかつたこと及び本件土地登記簿の閉鎖をしなかつたことにより、原告が訴外渡辺に対し適切な権利行使をすることができず同人に本件土地の時効取得を許す結果になつたというものである。

ところで、前記の通り、本件土地は、もと訴外菅井雄所有であつたところ、被告が昭和二四年一二月二日未墾地買収し、昭和二七年七月一日に訴外渡辺に売渡処分したことは当事者間に争いない。他方〈証拠省略〉によれば、所有者である訴外菅井雄は、昭和三一年八月一五日原告に本件土地を売渡したことが推認され、右を登記原因とする所有権移転登記が同月二七日なされたことは当事者間に争いない。そして、〈証拠省略〉によれば、訴外渡辺は、宮城県の斡旋で昭和二七年四月から本件土地の開墾に従事したこと、その後同訴外人は前記のように同年七月一日に本件土地の売渡処分を受けたこと(前記の通りこの点は当事者間に争いない)、同年八月中にその売渡通知書が同訴外人に交付され、同訴外人はその後も本件土地を占有して使用収益していたものであること、訴外渡辺は、本件土地を含む仙台市荒巻字青葉三九五番及び同三九六番の二筆の土地につき昭和二八年四月一一日自創法四一条による売渡を原因とする所有権保存登記を経ているが、原告の前記登記にてらすと本件土地に関する限り右保存登記は二重登記であり、その効力を有しないというべきであることがそれぞれ推認できる。

右の事実に基づき、差戻審である仙台高等裁判所は訴外渡辺が昭和三七年八月末日本件土地を時効取得したと認定し、結局右判断は昭和四三年一〇月一八日確定したことは当事者間に争いない。

右の各事実にてらせば、本件土地は原告及び訴外渡辺に対し二重譲渡された関係にあるところ、その所有権取得登記を経た原告は右訴外渡辺に対し自己の所有権をもつて対抗できたのであつて、当時現に本件土地を占有して使用収益していたことが明かな訴外渡辺に対する所有権行使が訴訟上又は訴訟外において可能であつたにもかかわらず、それを怠つた結果同訴外人により本件土地を時効取得されたものであることが明らかである。

従つて、右訴外渡辺の時効取得は専ら原告が同訴外人に対し自らの権利行使をしなかつたことによるというべきである。

そうすると、被告が本件土地買収の登記又は本件土地登記簿閉鎖をしなかつたことと訴外渡辺に時効取得された結果原告が所有権を失つたこととの間に因果関係ありと認めることは出来ない。

その他本件全証拠によつてもそれを認めることができない。

三  してみると、その余の点につき判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 渋川満)

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